フランス・オクシタニ地方ライドその4.1

前の記事に書いたように、妻氏と息子(ブレロ3号)は北欧に旅立ってしまったが、その間にかねてから計画を練っていたもう1つの武論富敦旅を実行することにした。それは、トーという名前の湖(Étang de Thau)と地中海に挟まれた狭い通路のようになっている土地をゆっくりとサイクリングする旅である。この通路のような土地は、地元の人に何と呼ばれているのかよくわからないが、大半がセットあるいはセート(Sète)*1という街を住所とするので、ここでは便宜的に「セット回廊」とでも呼ぶことにしよう。セット回廊にはSNCF(国鉄)の線路も敷かれていて、ベジエ(Béziers)あるいはナルボンヌ(Narbonne)からニームに向かうときは、必然的にこの線路上を走る電車に乗ることになる。したがって前回ニームを再訪したときも、ブレロは車窓からセット回廊の様子を眺めることができたし、一瞬だけだが回廊をサイクリングする人たちの姿を眺めることができた。

 

今回はアグド(Agde)という街で前泊し、翌日そこを出発点としてセットを目指すことにした。セットで17時ちょっと過ぎの電車に乗って、その日のうちにミュレの自宅まで戻るという算段である。

 

アグドからセット回廊までは、車であれば高速道路で直行できるが、自転車向けの道はない。なので、回廊の付け根に当たるマルセイヤン・プラージュ(Marseillan Plage)まで、自然公園を大きく迂回することになる。そこまでは、ほぼ田園の道だった。マルセイヤン・プラージュでトー湖に出ることになるが、そこからセットまではサイクリングロード(CR)がしっかりと整備されていた。それを見てブレロはびっくりしてしまった。事前にRide with GPSでコース設定したときには、そのような情報はなかったからである。ひょっとするとこのCRが整備されたのはごく最近で、グーグルがRide with GPSに提供している情報が古くなってしまっていたのかもしれない。

 

ともあれ、このようにCRが整備されているおかげで、マルセイヤン・プラージュでは多くのサイクリストがサイクリングしている姿を見ることができた。平日なので、すでにリタイアしていると思しき高齢の人たちが多かったが、若いサイクリストもけっこういた。ブレロはいつも裏道ばかり走っているので、これほど多くのサイクリストと一緒に走る武論富敦旅は今回が初めてかもしれない。

 

セット回廊はほぼ海岸沿いを走ることになる。防砂堤があって海を直接見ることはできないが、切通しがあちこちに作られていて、そこで自転車を降りれば簡単に浜辺に出ることができる。そして、そういう場所には駐輪場も設けられている。また、一定距離ごとに公衆トイレや水場も設けられている。至れり尽くせりである。

 

実際に何回か自転車を降りて浜辺に出てみたが、どこも白い砂で覆われた素晴らしい浜辺であった。ある場所では、完全ヌードの男性が一人歩いているのを見た。後で調べてみると、どうもヌーディスト・ビーチ(Plages naturistes)が、セット回廊にはいくつか存在するようである。もちろん、そのような行為は当局によって許容されている。そういうところに服を着た人間がうっかり入り込むと良くないのかもしれない…。

 

セットの街に近づくにつれて、街の手前に聳える丘(Le mont Saint-Clair)が眼前にはっきりと見えてきた。また浜辺も、本格的な観光客向けのビーチへと装いが変化した。すっかりのどが渇いてしまったブレロは、ビーチに佇むレストランの1つに入ることにした。そして冷えた白ワインを一杯テラスで飲んだ*2。すっかりくつろいでしまったが、これから件の丘を登らなければいけない。

 

丘には急坂があって愛機を押さずには登れなかったが、登りきると山頂にある展望台から「ラングドックのヴェネチア」といわれるセットの美しい街並みを一望できた。この展望台は有名観光スポットなので、観光客が入れ替わり立ち替わりやってきては、眼下の景色を背景に写真を撮ったりしていた。

 

丘を下りてサン・ルイ灯台(Phare Saint-Louis)まで行ってみる。港に停泊している色とりどりのヨットやボートを眺めているだけで、けっこうハイな気分になってしまう。灯台までは肌理の粗い石畳が続いていたので、ゆっくりと愛機を押していかなければならなかった。灯台を囲む塀の上に、白い上着と赤いスカート、赤いリボンが結ばれた白い帽子をかぶった若い一人の女性が座っていて、海の方に優雅に足を投げ出していた。彼女の向こう側には、白い船体に青い縞模様が描かれた無人の豪華客船が停泊していた。そのあまりに詩的な雰囲気に感動したブレロはしばし見とれていたが、別の女性から「灯台の前に置かれた自転車(ブレロの愛機)をどけてくれないか、自転車なしで灯台の写真を撮りたいので」などと話しかけられたため、彼女の後姿を写真に撮るチャンスを逸してしまった…。

 

 

その後は、セットの街中にある運河沿いの通りをゆっくりと走ってみた。じっくりとその雰囲気を味わいたかったので、あるカフェでペリエを注文し、オープンテラスの席に座ってまた一息ついた。運河の水はとても青く見え、傾きかけた太陽の光をキラキラと反射していた。そしてすぐそこに見える石造りの橋は、花籠に詰められたたくさんの花で装飾されていた。「本当にここはフランスなのだろうか、アルジェリアみたいに暑いなぁ(アルジェリアに行ったことはないけど笑)。ここでは、午後がゆっくり過ぎていく」。カミュの小説『異邦人』の中で主人公の行動を誤らせた犯人(太陽の光)がもつ偉大な力を感じながら、ブレロはぼんやりと帰りの電車のことを考えていた。

 

*1 フランス語の公式表記に従えば「セート」と発音すべきなのだろうが、地元では「セット」と「セート」の中間のような発音がされるようである。1927年まではCetteの綴りが採用されていたという。この街の地名にはかなり複雑な来歴があり、簡単に要約することが難しい。

*2 フランスでは、ワイン1杯くらいでは道交法に違反しないようである。詳細はこちら